自分の中にずっとあるこの感じ。
この感じ。
この感覚。
言葉ではなかなか表しづらいんだけど、
あえて言葉にしてみるとこうなる。
満たされなさ
それは胸からお腹のあたりにかけて広がっていて、
もやのようにつかみどころがなく、
つかみどころはないくせにたしかな影響力を持っている。
それがそこにあるとき、
自動的に外に求めてしまう。
自分でも気づかぬうち、
知らぬまにそのようになっている。
だれかとのつながりを求める。
なにかの刺激や情報を求める。
アテンションや称賛を求める。
おもしろいことを求める。
素敵なものを求める。
なにかが起こるのを待っている。
チャンスがやってくるのを待っている。
いいことが起こるのを夢見ている。
だれかが現れてくれるのを心待ちにしている。
世界が救ってくれるのを待っている。
求めるのは悪いことじゃない。
それが生きているということだから。
でも、外に求めている衝動の
その本当の姿とはなんだろうか?
よくよく目を凝らして見ていくとわかる。
それはこう。
自分からの呼び声。
自分から自分に向けて呼びかけている声。
おーい
おーい
おぉーぃ
ここにいるよ。
ここで呼んでいるよ。
そこにはなにかしらのwantがある。
気づいてほしい
見てほしい
聞いてほしい
叶えてほしい
自分が自分に向けているcallingが必ずある。
それはこういうことかもしれない。
ちょっと止まってほしい。
休んでほしい。
だらだらしてほしい。
さぼってほしい。
悲しい気持ちに気づいてほしい。
涙をたっぷり流してほしい。
ちゃんと怒ってほしい。
言いたいこと飲み込まずに言ってほしい。
人より自分を優先してほしい。
自分を犠牲にしないでほしい。
優しくしてほしい。
甘やかしてほしい。
行きたいところへ出かけてほしい。
ずっと欲しかったあれを買ってほしい。
ダンスをしてほしい。
歌を歌ってほしい。
おしゃれをしてほしい。
すごいねって褒めてほしい。
イケてるよって絶賛してほしい。
大丈夫だよって言ってほしい。
いつでも味方だよって言ってほしい。
いちばん好きだよって抱きしめてほしい。
その呼び声は言葉にならない声なので、
じっと耳を澄ませなければわからない。
ポイントはまず立ち止まること。
それから耳を澄ますようにじんわり感じること。
そうしたらきっと聞こえてくる。
かすかな自分の呼び声が聞こえてくる。
外に求めるのはダメなことじゃない。
それが人間として生きるということだから。
けれどそれは終わりのない衝動。
だからもしその時がきたら、
ちょっと内にも目を向けてみよう。
そこにある呼び声を聞いてみよう。
ほんとうは誰しもが、
ただ自分と満たされたい。
ただ自分と満たされてダンスを踊っていたい。
そうしたら、
もう何も求めなくてもすべてがやってくるようになる。
だから呼び声に応えよう。
小さな呼び声に応えよう。
今ここで、
いつでも始められるよ。
呼び声に応える

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